いやひこの聲、かすかに。 ~弥彦神社探訪記①~

Posted by Anna(旧:Noa) On 2014年11月30日日曜日 0 コメント

ここひと月という短い間、お隣の新潟県にある弥彦神社に通い詰めていました。笑
「おやひこショック」「おやひこ事変」ww と呼んでもいいかもしれない。
呼び寄せられるように地元会津のアースワークの仲間達と弥彦通いをしていました。



※↑2008年と2012年の写真。

彌彦神社(やひこじんじゃ)は、新潟県西蒲原郡弥彦村にある、彌彦山をご神体山とした、越後国一宮です。正式には「いやひこじんじゃ」と呼ばれるそうです。
弥彦のご祭神はニギハヤヒの息子で尾張連の祖でもある熊野の天香山命(あまのかごやまのみこと)~またの名を高倉下(タカクラジ)・手栗彦(タグリヒコ)~だと言われており、弥彦山山頂のご神廟に妻である熟穂屋姫命(うましほやひめのみこと)と共に祀られています。
天香山命(高倉下)は神武天皇が東征中、熊野で悪神の毒気により倒れた時に、布都御魂剣(フツノミタマノツルギ)をもたらし覚醒させた、神武東征の功労者です。

※彌彦山遠景、左が国上山、中央が彌彦山、と十宝山、右手に角田山。

その熊野の天香山命が、神武東征後、はるばる越後に派遣され、この地を治めたとありますが、なぜ神武東征の功労者である彼が中央から遠く離れた越後に鎮座することになったのか。
それは坂本政道さんの「ベールを脱いだ~シリーズ2巻」にも記されているようなことだったのではないかと…、今までの連合国を裏切り神武を招き入れたけれど結局自分たちも左遷され最後には滅ぼされてしまう…、今のところはそう思っています。分かんないけどね。

坂本政道 伊勢神宮に秘められた謎―よみがえる縄文の男神と女神 (ベールを脱いだ日本古代史パート2)

が、それだけに収まらない深層が弥彦には何重にもあるような気がしていまして、何度か訪れたことのある弥彦でしたが、今回はその深層から呼ばれている気がしたのです。
歴史は多重多層で、一つの事象や一人の人物にこだわっていると何も見えてこない、
「本来、ここはどういう場所でどういった人の流れがあったのか。」
という一番大事なことを知るということが、今回の「おやひこショック」(笑)だったのでしょう。
なので今回は様々な本の情報や神社が公式に伝えていることやご祭神のことは一度リセットして、実際の人から齎される情報、インスピレーション、物的事実、周りで起きている事象を頼りに、いろんなことを構築していきました。
すると今迄、よく分からなかった弥彦に関する点と点が繋がって何本かの線になっていったのです。



(続く)

Anna

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